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岡山地方裁判所津山支部 昭和55年(わ)91号 判決

主文

被告人を懲役一〇年に処する。

未決勾留日数四五〇日を右刑に算入する。

押収してあるACアダプター一個及びカセットテープ一巻は、被害者新名逸夫の相続人に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五〇年三月岡山県私立A高等学校商業科を卒業して、B職業訓練所建築科に一年間通った後、父Cの経営する有限会社D建設の大工として、昭和五四年七月下旬着工、同年九月中旬完成した同会社の請負施行にかかる岡山県津山市下横野二四九一番地所在山菜料理店「山茶坊」こと新名逸夫(当時四一歳)方の店舗等の修繕改造工事に終始従事したものであるが、父や被告人において、右工事代金一六八万円余の未払残金八四万円余を請求すると、その都度新名が居留守を使ったり、包丁を突き付けて脅迫するなどの態度に出て、支払に応じないため、右残金の回収をめぐって、同年一二月下旬から父母の間で口論が絶えず、家庭内が不和になるに及んで、新名に対する憎悪の念がつのっていたところ、昭和五五年一月二八日午後一〇時すぎころ、自宅で清酒三合位とビール大瓶二本を飲みながら、新名の右のような高慢な態度やそれが家庭の不和を招来したことなどあれこれ思いめぐらしているうち、憤まんやるかたない気持になって、この際むしろ新名を殺害してそのうっ憤を晴らすほかはないと考えるに至り、以前「山茶坊」の修繕改造工事の際不要になって「山茶坊」東側の縁側の下に置いたままにしたタル木片があることを思い出し、それを用いて新名を殴って殺そうと決意し、同日午後一〇時三〇分ころ、サーチライトを携帯して自宅を出発し、人目につかない畦道や農道を通り、同日午後一〇時五五分ころ、「山茶坊」に至り、新名がいることや右縁側の下にタル木片(長さ約一メートル七センチ昭和五五年押第三三号の一ないし五はその破損したもの)一本があることを確かめ、一度は、親兄弟にかかる迷惑を考え、手にした右タル木片をその場に置き、新名の殺害を躊躇したものの、新名を目前にして今更やめるわけにはいかないと思い直し、再び右タル木片を持って「山茶坊」の母屋北側のガラス引戸を開けて物置に入り、物置から土間に通じる開き戸を少し押して中の様子をみようとした際物音に気づいた新名が中から物置の方に歩いて来て右開き戸を引き開けた途端、やにわに両手に持った右タル木片で、土間に立っている新名の頭部を三回位強打し、次いで頭をかかえ後退している新名の頸部、顔面等を五、六回位強打して新名をその場に殴り倒し、更に倒れた新名の胸部、腹部、股部等を右タル木片で数回殴打したり突く暴行を加え、よって同所において新名を頭部、顔面の打撲による頭骨骨折、脳挫傷により即死させ、もって殺害の目的を遂げ

第二  右第一の犯行の日時場所において、右新名逸夫所有のアダプター一個及び同人保管のカセットテープ一本(時価合計七一〇〇円相当)を窃取し

第三  昭和五五年六月九日午後七時ころ、岡山県苫田郡鏡野町岩屋ヒビラ谷地内採石現場において、的場示一所有のユンボ二台に投石するなどし、うち一台については窓ガラス一枚のほかエンジンカバー等、他の一台については窓ガラス二枚のほか操作レバー等(時価合計二五万円相当)をそれぞれ損壊し

第四  右同日時ころ、同所において、藪木恂所有のユンボ一台に投石するなどし、窓ガラス二枚及び操作レバー四本(時価合計一〇万円相当)を損壊し

第五  右同日時ころ、同所において、右ユンボに備えつけられている藪木恂所有のバッテリー二個ほか二点(時価合計四万四〇〇〇円相当)を窃取し

第六  右同日時ころ、同所において、的場示一所有の鎖一本(時価三万円相当)を窃取し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法一九九条に、判示第二、第五、第六の各所為はいずれも同法二三五条に、判示第三、第四の各所為はいずれも同法二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、各所定刑(判示第二、第五、第六の各罪を除く)中判示第一の罪について有期懲役刑、判示第三、第四の各罪についていずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち四五〇日を右の刑に算入することとし、押収してあるACアダプター一個及びカセットテープ一巻は、判示第二の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれらを被害者新名逸夫の相続人に還付することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が知能の低い精神薄弱者で未熟な情緒性の持主であるうえ、新名に対する工事代金をめぐるトラブルなどで心をいためる特異な状態が続いていたところに、多量の飲酒をしたため、判示第一、第二の犯行時には心神耗弱の状態にあったと主張するので判断する。

《証拠省略》によると、被告人は、判示第一、第二の犯行(以下単に犯行という。)当時、判示のとおり新名に対する工事残代金の回収をめぐって父母が争い家庭の不和が生じたことに心を痛めると共に新名をひどく憎んでいたこと、犯行当日は、午後六時半ころ仕事から帰って自宅で清酒二合位を飲み、父の家で午後八時すぎころ夕食を、午後九時すぎころ入浴をそれぞれすませ、午後一〇時すぎに自宅に帰って、判示のとおり三〇分足らずの間に、清酒三合位とビール大びん二本を飲んでいること、右飲酒量は被告人の平素の酒量(清酒で五合位)を多少上回るものであることが認められ、また証人細川清に対する当裁判所の尋問調書及び鑑定人細川清作成の精神鑑定書(以下両者を尋問調書及び鑑定書という。)によれば、被告人は、知能指数六〇以下の軽愚級の精神薄弱者であり知能低格者であること、犯行時かなりの酪酊状態下にあったことが認められる。

一方、犯行前後の被告人の行動等について考察するに、《証拠省略》によれば、被告人は、「山茶坊」にむけて自宅を出発後、兇器にすべく考えていたタル木片のトゲが手にささるのを防いだり、現場に指紋が残らないようにするために両手に軍手をはめ、人目のつかない畦道などを通って「山茶坊」に赴いており、携帯していたサーチライトも人目のつく所では消すなどきわめて用意周到であって、その犯行遂行における一連の行為、判断は通常人のそれと異なるところはなく、さらに新名を殺害後その犯行を隠蔽するために障子に火をはなったが、近所への延焼を恐れて直ちに消火するなどその行動は合目的的で不自然さはない。また、《証拠省略》及び津山市立E中学校、岡山県私立A高等学校の各校長作成の回答書によると、被告人は右各学校を、いずれも下位の成績ではあるにしても正規に卒業し、その後B職業訓練所を経て、大工として一人前に稼働して来たことが認められる。

以上の事実に、前記尋問調書及び鑑定書によって認められる被告人が犯行時病的酪酊もしくは複雑酪酊にまでは至っておらず、進行性の精神病状態下にもなかったことなどを併せ考えると、被告人は、犯行当時、前記のとおり平素の酒量を多少上回る飲酒のため、かなり酪酊して、ある程度抑制力の欠如を来し、それに前記精神薄弱に基因する思慮分別の浅さ、情緒面での未熟さが加わって、事の是非善悪を弁別し、これに従って行動する能力が多少減退していたとしても、それが著しく減退していたものでないことは明らかである。

したがって、弁護人の右主張は採用しない。

(量刑の事情)

判示第一の犯行は、判示のとおり、工事残代金をめぐるトラブルから、深夜、一人住まいの被害者宅へ侵入し、被害者を見るや、いきなり所携のタル木片でところかまわずこれを強打して即死させたものであって、その動機において左程酌量の余地はなく、その犯行態様も被害者の顔が原形をとどめないほど強打したうえさらにとどめをさすという、きわめて非人道的かつ悪質なものであり、その結果、やっと独立して「山茶坊」を開店し、これから軌道にのせていこうという夢をいだいたであろう被害者を死亡させたものであって、被害者の無念さは察するに余りあるうえ、被告人において被害者の遺族に対し充分な慰謝の措置を講じていない。また、事件発覚後約五か月間にわたり犯人が逮捕されず、付近の住民に与えた不安ははかりしれないものがある。してみれば、被告人の刑責はきわめて重いといわざるを得ない。

しかしながら、被害者が工事残代金を容易に支払わず、被告人らの請求に包丁を用いて脅迫するなどしたことが、右犯行の一因ともなったという点で、被害者にもかなりの落度があったと認められること、被告人は、前述のとおり精神薄弱者であるうえ、犯行時多量に飲酒して、その判断能力がかなり減退していたため右犯行に及んだと認められること、現在では自己の行為を深く反省し、改悛の情も顕著であること、判示第三、第四の各被害者に対しては弁償をしていること、被告人は現在二五歳という若年で、これまで道路交通法違反罪で二回罰金刑に処せられた以外に前科はないことなどの有利な事情もある。

右の諸事情を総合勘案して、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川國男 裁判官 蔦昭 西口元)

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